HISTORY 歴史

武家屋敷が建ち並ぶ邸宅街から、知識人たちのコミュニティへ

「山の手」文京の歴史

歴史|パークハウス白山御殿町
陽のあたる坂道と美しい街並みを連想される「山の手」という言葉があります。本来は、地理的には小石川や本郷を中心とした界隈の台地を指す言葉だったといわれています。江戸時代には、当時の大名たちの屋敷がこの地山の手に建ち並んでいました。明治時代になると、大名や武士たちが故郷に帰り、文明開化で西洋からもたらされた文化に敏感な文人や知識人たちが移り住み、新しいコミュニティが山の手に形成されました。代表格として、夏目漱石や森鴎外といった文豪たちがあげられます。「山の手」という、どこか知的でハイカラな響きは、この時代の記憶なのかもしれません。武家屋敷が建ち並ぶ邸宅街から、知識人たちのコミュニティへ。文京の歴史は、そのまま東京の歴史でもあるといえるでしょう。

「白山御殿」から「小石川植物園」へ 。300年を超える歴史。

五代将軍徳川綱吉ゆかりの「白山御殿」

歴史|パークハウス白山御殿町
旧町名「白山御殿町」の由来となった館林藩下屋敷「白山御殿」。承応元年(1652年)に建てられ、後の五代将軍徳川綱吉が幼少期を過ごした屋敷として知られています。貞享元年(1684年)、この白山御殿の一隅に設けられた幕府の薬園が、「小石川植物園」の始まりです。「白山御殿」から「小石川植物園」へと受け継がれてきた、300年を超える歴史。この地には、美しい記憶を重ねてきた場所ならではの特別な時間が流れています。

はじまりは幕府の薬園「小石川植物園」

歴史|パークハウス白山御殿町
「小石川植物園」の正式名称は「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」です。300年を超える歴史を誇る、日本最古の植物園です。園内では、樹齢250年を超える大イチョウ、ソメイヨシノの学名基準木となった桜など、学術上貴重な樹々を見ることができます。この植物園に初めて導入され、日本全国に分布された植物も多数あり、ニュートンが万有引力を発見するきっかけとなった林檎の木、メンデルが遺伝の法則を発見する際に栽培した葡萄の子孫たちも栽培されています。また、本来「薬園」として薬草の栽培や製薬を行っていた園内には、黒澤明監督の名画「赤ひげ」の舞台となった小石川療養所があったことでも知られています。

春・満開の桜

歴史|パークハウス白山御殿町

秋・イロハモミジの並木道

歴史|パークハウス白山御殿町

重要文化財「旧東京医学校本館」

歴史|パークハウス白山御殿町
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